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58.40について

美しくまとまった香りのモルト。少しキュウリのようなグリーンなニュアンスがある。ライム、キウイ、スイカズラとの表現があるが恐らく共通項の香気成分を指しているのであろう。伝統的にスコッチの持つ香気の一つだが、これは酵母醗酵中の乳酸菌の共存によって生まれる。20世紀後半はワインもウイスキーも洋酒製造のシーンでサニタリーが重要視され、健全なアルコール醗酵を促すために酵母のみが重要とされた。共生する乳酸菌などの他の微生物は無用のものとされる風潮があった時代。醗酵槽も木桶からステンレスに変える蒸溜所が多かった。それが20世紀の終わり頃から、香味に高貴な複雑さを与えるためには、単調な酵母のみの醗酵では駄目で、乳酸菌の共生が大事なのでは?という考え方が広まり今に至る。このキュウリのようなグリーン香、酵母による醗酵が終わり、酵母が死滅し始めると同時に増殖するある種の乳酸菌が生み出すと思われる。死滅した酵母からは不飽和脂肪酸が溶出する。それを乳酸菌が酸化することでグリーンなニュアンスを持つアルデヒド群の成分を生成するからと思われる。脂質の豊富な牛乳を乳酸発酵させると爽やかな香りのヨーグルトが生まれるのに似ている。或いは乳酸菌だけでなく他の微生物の作用もあり、不飽和脂肪酸の過酸化と引き続く分解で同様の成分群が生成する。もしくは蒸留中のその過酸化物の分解で生成する、という仮説を持っている。このことについては後に概論でお話しする。このモルト、グリーンなニュアンスに引き続きスカッと拡がるフルーティーなエステル感が特徴的。なのに刺激臭が無く、丸く柔らかく纏まった香り。そのことから推理すると、香り高い酵母のアルコール醗酵で圧倒的なエステル生成を達成したのち、適度な乳酸菌の増殖が訪れ酵母が生成したフレッシュだが棘棘しく残る香気を丸く穏やかに変性させている。或いは乳酸菌の活動によって蒸留前のpHが低下する。pHの低いもろみを蒸留するとアルカリ性を示す、コゲ感、苦さや棘棘しさに関わる窒素含有成分などは揮発しにくくなる。そのため蒸留されたウイスキーの中にはあまり存在しないことになる。このモルト実際、フルーティーな香気の裏に麦芽ハスクの香味が隠れてはいるが、これはフラン類などの中性成分であり、窒素を伴ったようなタイプの焦げた感じやこうばしい感じはない。こういうタイプの原酒はニューメイクの時から雑味が少ないので、自ずと熟成が早い。ということは樽によるお化粧を必要としない。強いバーボンの樽香に頼らずとも柔らかい熟成に到達している。口当たりの甘さは適度なバーボン樽との調和の良い熟成の証。あと桃の種、アーモンド、ジンジャーの表現にあるように後味に残る栗渋様の香味は醗酵醪の残糖分が蒸留中に熱変性したフルフラール類に起因すると思われる。しかし圧倒的なエステルのフルーティーな甘さがあるため、後味に残るこの程度の渋みは全体のバランスからすると良いアクセントになっているのではないか思う。

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細井 健二
細井 健二
ニッカウヰスキー勤務時代に余市・仙台・ベンネビス蒸溜所の技術指導、ブレンダー、マーケティング商品開発、ワイン・スピリッツはじめ総合酒類の開発に携わっており、官能的な総合評価だけではなく、分析的な知覚判断材料として機器分析にも精通しております。