ウイスキー概論

ウイスキー概論4 〜貯蔵のこと〜

ウイスキーは樽で貯蔵される。出来立ての粗々しい香味がそれで落ち着く。ワインも高級品となれば樽で貯蔵されることが多い。同じ樽熟成でも少し意味合いの異なることもある。ワインの樽貯蔵は12ヶ月とか18ヶ月であるのに対して、ウイスキーは8年、12年、17年長いものはそれ以上のものがある。それは何故かというと、ワインは還元系の酒、ウイスキーは酸化系の酒だからである。酸素を除いて出来るだけ還元的に発酵させて造るのがワインである。そのワインの熟成には僅かな酸素の要求はあるが、多いと酸化したダメージワインになってしまう。そのため樽詰の際もヘッドスペースができないように工夫する。木目を通した呼吸、僅かな酸素の流入だけで十分だ。ワインの場合樽由来の水溶性タンニンが葡萄由来のタンニンとうまくマッチングすることで、滑らかな口当たりになることに微弱な酸素の役割がある。だから長すぎる樽熟成を避けて壜詰する。壜内の方が酸素の影響を小さくできるので、更なる長期熟成に向く。一方ウイスキーの場合はどうかというと、醗酵した醪を蒸留して香りだけにするのでタンパク質や油分、糖分といった酸化劣敗する要因がない。そしてその香りは酸素と触れて酸化することで、より かぐわしい香りになるものが殆どだ。なのでどれだけ長期間貯蔵してもへっちゃらである。資金の続く限り。一応在庫資産である樽中のウイスキーは年々揮発していくため、貯蔵経費はどんどん上がる。冷涼なスコットランドや余市で年間2%が天使の分け前として飛んでいく。つまり15年も経てば30%は消えて無くなる。ましてや南の方なら恐ろしい割合で揮発していく。これが商品化を温存することで生まれる年数表示という希少価値とともに価格が高くなる理由ともなる。それで、ウイスキーの良いところはどれだけ長期間の熟成を経ても悪くならないところ。以前スコットランドで50年前に樽詰したものをエリザベス女王に献上するのだと樽空けしたのだが、63%のアルコールで詰めたものが37%の度数まで下がっていたのを覚えている。それでも悪くはなっていない。但しそれ以上に長くなって例えばアルコールが20%くらいになったら、流石に香気成分が揮発、析出して香味劣化を来すだろうと思うが。ウイスキーの樽熟成のメカニズムには大凡5通りくらい考えられる。①硫化物など未熟臭の揮発と酸化変化②樽内面炭化層への不快臭の吸着③バニリン、オークラクトン、色素等オーク成分の溶出④酸化によるエステル化反応やアルデヒドのアセタール化など良好な香気の生成⑤水とアルコールの物理的なクラスター形成による口当たりの改善などだ。樽は四季の温度変化に応じて呼吸する。夏は中味が気化膨張するので樽材を通して外部に揮散し、冬は中味が収縮するため樽材を通して酸素が流入する。また高温だと樽成分の溶出や化学変化が全般的に進みやすく揮発も進む、低温だと全て進みにくい。なのでエステルなどのトップノートに重要な香気成分の揮発を抑えつつ、樽成分の溶出と化学的な或いは物理的な香味成分の変化熟成を促すためには、両方いいとこ取りにするためには、低温環境でゆっくりと熟成させなければ達成できない。これが良いウイスキーを作るための宿命だ。

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細井 健二
細井 健二
ニッカウヰスキー勤務時代に余市・仙台・ベンネビス蒸溜所の技術指導、ブレンダー、マーケティング商品開発、ワイン・スピリッツはじめ総合酒類の開発に携わっており、官能的な総合評価だけではなく、分析的な知覚判断材料として機器分析にも精通しております。